CoffeeAndBooks's 読書日記

日々の読書を記録しています

始皇帝 中華統一の思想 『キングダム』で解く中国大陸の謎

 漫画だと個別の場面での心情の動きをじっくりと考えられる利点があるものの、歴史の中のどの部分なのか、中国全土の中でどの辺りなのか、といった全体像が見えにくくなる。そして、史実を基礎にした創作だと、気になるのが、どこまで史実と一致するのか。

 そういったところを、いい感じで補完してくれるのが、この一冊。冒頭で年表や中国の全体地図を含め、なぜ始皇帝が中華統一(当時は中華ではなく中原と称されていたようだけど)できたのか、歴史的背景を解説してくれる。法家思想という言葉は歴史で習ったけれど、実はこれが後発の当時は新興国だった秦を中華統一が可能にした。しかも、本書によれば本来は数百年後に中原が統一されたはずだとされるところを、始皇帝が統一している。

 また、登場人物がどこまで史実なのか、についても、史記でどのように扱われているかを含めて知ることができる。女性になっているキャラクターが実際に女性かどうかは不明であるけれど。ただ、別の本(三国志の研究かなにか)でも戦場に戦士として参加していた女性自体はいたようだ、と読んだ記憶があるので、もしかすると一人二人は実際に女性かもしれない。このあたりは、だから何ということもないのだけど、ちょっと興味深い。

 なお、ネタバレはないので、キングダム完結前でも読みやすい(歴史なのでネタバレはいつでもしているのだけど)。

仕事に効く 教養としての「世界史」

仕事に効く 教養としての「世界史」

 

 

醤油・味噌・酢はすごい-三大発酵調味料と日本人

 私は海外に出ても、あまり食のホームシックを感じることがないのだけど、やっぱり時に和食か中華料理が食べられると少し嬉しくなる。醤油が恋しいのか、味噌(豆鼓のようなのも含めて)が恋しいのか、そのあたりは謎だけど、やっぱり染みついた味覚はあるのだろう。

 本書は、醸造が専門の農学者による、発酵食品に関する歴史(進化の歴史と産地の変遷の両方に触れられていて興味深い)、と少しだけ専門的な化学的構成が触れられていて、同じ醤油でも濃い口と薄口、溜まり、といった名前の違いに化学的な説明がつくことによって、調味料を見る目が変わる。そして、料理や食事の際に漫然と調味料を選ぶのではなく、期待するべき効果を基に選択できたり、又は創意工夫のヒントを得て試行できたりするようになる。

 やや専門的な情報も含まれるけれど、文章が平易だし、引用される文献は化学よりも歴史や文学の世界なので、とっつきにくさはなし。日本が誇る発酵食品の世界が本当に面白い。 

 なお、小泉先生は世界中の寄食にも造詣が深く、紀行エッセイもとても楽しい。もちろん専門分野のお酒醸造に関する書籍も面白い。そんなこんなで、読み始めるとついついコレクションしてしまいながら、引き出しの多さ・深さに驚くので他の分野でもおすすめ。

発酵―ミクロの巨人たちの神秘 (中公新書)

発酵―ミクロの巨人たちの神秘 (中公新書)

 

 

森瑤子の帽子

 大きな派手な帽子と真っ赤な口紅、大きな肩パッド。バブル時代にスノッブを自認し、バブリーな生活が憧れをもって見られていたという森瑤子のトレードマーク。私は森瑤子の作品は数冊しか読んだことがなく、当時は年を取ることへの焦りを感じとる素地もなく、ただ男女のおしゃれな恋愛を描いているという印象しかなかった。実際、友人の中でも同じような話を飽きずに書いていると言っている人もいたようだ。量産されて薄まった印象の作品も多く、忘れられる作品も多い作家かもしれない。まあ、それに対して「時代と寝た」と表現できるのは、ザ・森瑤子という感じ。

 そんな彼女の、家族との葛藤は比較的表にでていたけれど、本書で彼女の若い頃の話を読んで思ったのは、月並みだけど寂しい人だったんだなと。人生は華やかで、彼女を悪く言う人が一人もいないように誰からも愛されているけれど、性格が寂しさを感じやすいのか、そう感じる環境を選んでしまうのか。でも、そんな人でないと、華やかな世界を読者があこがれるようには書けないのだろう。

森瑤子の帽子

森瑤子の帽子

 
夜ごとの揺り籠、舟、あるいは戦場 (小学館文庫)

夜ごとの揺り籠、舟、あるいは戦場 (小学館文庫)

 

 

政治と情念 権力・カネ・女

 サブタイトル通り、権力・カネ・女のバランスが取れた田中角栄・真紀子論。当初は田中真紀子研究だったということだけれども、タイトルが示すとおり田中角栄研究が主。田中真紀子氏はエキセントリックな振舞いが目立つものの、政治家としては合理的な西洋派で、情念という感じではないし(敵への憎しみだけは情念か)、大臣の椅子に座りはしたものの権力を手にしたという感じでもなく、お金周りもプライベートなお金は色々あったようだけどばら撒くわけでもなく、異性関係も少なくとも昭和の男性政治家に比較すれば何もないに等しい。ただ、彼女が政治家になった後で起こす好ましくない振舞いは田中角栄氏が発端になっていることが読んで取れ、セットで論じられた背景が分かる。

 何となく、田中角栄氏はひたすらお金を受け取りばら撒いた政治家、という印象を持っていたけれど、この本を読んで少し考えたのが、彼は元々建設業を営んでおり、代議士になってからも土地開発や土木工事の利権でお金を作りばら撒き、更に力を握り。しかし、自分の出自の利害を代表し、利益を誘導していく、というのは、ある意味筋が通っているのかもしれないという点。ただ、お金も右から左といいつつ蓄財をしっかりしているように、業界利益だけでなく自己の利益をしっかり確保しているところが、偉大な政治家だけど純粋な尊敬だけの対象にならない理由だろうか。

 そして、父親譲りのキャラクターで人気を獲得した真紀子氏ではあるけれど、角栄氏の愛人兼秘書を含む複数の金庫番に対する複雑な気持ち、父親を裏切った父親の元仲間への恨みなど、ネガティブな影響をかなり受けていることが分かり、豪快な印象が吹き飛ぶ。それにしても、世の中の人を、敵・家族・使用人の3分類にしてしまう、というのは驚く。角栄氏は真紀子氏に愛情を注いでいたというけれど、帝王学的な教育はしなかったのだろうか。人が離れていくだけでなく、命を絶った人まで、というのは凄まじい。

政治と情念 権力・カネ・女 (文春文庫)
 

  

 

バイス/VICE

longride.jp

 まず、やっぱり政治家というのはファミリービジネスなんだな、という感想。ちょっとやんちゃなエール大学ドロップアウトの若者が、女性であるために政治家にも社長にもなれないと嘆きながら夫に夢を託そうとする妻の内助の功を受けて、政治の世界で頭角を現す。そして、一度は政界を退き大企業のCEOになるも、ブッシュ氏のrunning mate(副大統領候補)として政界に返り咲き、副大統領になるだけでなく、副大統領の権限を大幅に拡大し、イラクとの戦争、捕虜に対する非人道的な扱いなど、法解釈を使って進めていく。

 もちろん、チェイニー副大統領にも彼の正義があって、彼の正義を実現するにはブッシュ大統領役不足だった側面もあるだろうし、嘘を入れて世論を操作することも多くのアメリカ人の命を守るために必要だったことなのかもしれない。それでも、見終わった後の気持ち悪さ。パウエル氏も反証可能な情報の混ざった報告を国連で行ったことは、最も苦痛だった出来事とのちに語ったそうだけれども。

 この映画は、権力に上り詰めていく過程でのチェイニー氏の立ち回りと、いかにアメリカが戦争に向かっていったか、という客観的情報が描かれている一方で、チェイニー氏がなぜ戦争を選んだのか、といったところは語られない。チェイニー氏自体が自分を語らない、存命中の人物ということもあって、難しいのかもしれないけれど。ただ、さすがに若い時分に妻からかけられた発破だけで(フェイクのエンディングが一瞬流れたあとの)後半には行きつかないように思うので、何かきっかけになる出来事などあったのではないかと想像。いかにも政治的思想のなさそうなインターン生が、どんな内部変化を経てイラク戦争に邁進していったのか、とても気になる。

 ちなみに、メイクアップで受賞するだけあって、登場人物はすべて実在の人物にかなり似せて描かれていたこの映画。なのに、ライス氏だけが顔立ちは似ているものの、表情が自信なさげだったことも妙に気になった。もしかして、強面は世間が勝手に持っていたイメージなんだろうか。  

策謀家チェイニー 副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」 (朝日選書)

策謀家チェイニー 副大統領が創った「ブッシュのアメリカ」 (朝日選書)

 

 

リーダーを目指す人の心得 文庫版

リーダーを目指す人の心得 文庫版

 

 

封印された日本の秘境

 手つかずの原生林や樹海も良いけれど、個人的に惹かれるのはやっぱり廃駅や遺構。最盛期は国内シェアの3割を占めたという別子銅山や炭鉱開発で今から100年前に高層ビルが建てられていた離島・軍艦島は、もののあはれというか、諸行無常というか、不思議な感慨が全盛期を知らない人間にも迫ってくる感じがして、魅力的。

 しかし、秘境というだけあって、基本的に紹介される土地は便利の良い土地ではないので、自分が探訪するためのガイドというよりは、行ったつもり読書で終わるかもしれない。特に、軍艦島はこっそりボートに乗せてもらわなければ行けない様子。そして、いくつかの秘境は、体力と運動能力に自信がないと厳しいかもしれない。絶壁の鎖場なんて私には少なくとも無理(本書でも撤退する勇気を見せている個所がある)。

 そんな行ったつもり読書にも耐えられる豊富な写真と、臨場感ある描写が素晴らしい。どうも著者は本業が著述業ではないようだけれども、非常に読みやすく、引き込まれる文章。そして、同行者もなかなか良い味をだしていて、物件紹介ではなく、旅行記的に楽しめる。

封印された日本の秘境

封印された日本の秘境

 
封印された日本の地下世界

封印された日本の地下世界

 

 

ブラック・クランズマン/BlacKkKlansman

 コロラド州でマイノリティ歓迎の看板を見て警察官になった主人公は、初めての黒人警察官として同僚からの差別を受けながらの書類庫係から、潜入捜査官に。そして、潜入捜査官として着手したのが、悪名高い白人至上主義者集団KKKへの潜入。さすがに人種差別主義者の中に黒人が潜入はできないので、主人公は電話を担当、ユダヤ人(こちらも差別の対象)の同僚とチームで捜査にあたる。

 予告編だけを見ていると痛快コメディを期待してしまうけれど、そうはいかない。もちろん、笑いの要素もあるし、痛快な場面もあるけれど、全体を通して笑える映画、ではない。

 自業自得かもしれないけれど命を落とす人も出てくるし、差別がなくなって大団円なんて終わり方でもない。そのあとに見せられる最近でも人種対立が続いている事実やそれに伴い亡くなる人たちがいる事実も、重い。

 ただ、人種を超えて協力できるチームが警察の中には形成されるし、差別主義者で職権乱用をしていた警察官を処罰する「正しいことができる」組織も描かれる点は、希望が持てる。事実に基づく映画ということだけど、この部分も実話ならいいなと思う。この映画は重く深刻で、グリーンブックのようにさわやかな印象ではないかもしれないけれど、憎しみだけを残して終わるものではないことが素晴らしい。この映画は多くの人にお勧めしたい。

ブラック・クランズマン

ブラック・クランズマン

  • 作者: ロンストールワース,丸屋九兵衛,鈴木沓子,玉川千絵子
  • 出版社/メーカー: パルコ
  • 発売日: 2019/02/28
  • メディア: 単行本
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