CoffeeAndBooks's 読書日記

日々の読書を記録しています

謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア/恋するソマリア

 一気に続けて読んでしまう。『謎の独立国家~』が先で、続編が『恋するソマリア』という時系列はあるけれど、どちらから読んでも楽しめるはず。ただ、やっぱり時系列に並んだほうが読みやすいのは確か。

 『謎の独立国家~』を読めば、ソマリランドへの行き方はわかる。そして、一冊読み終わるころには、思っていたような無法地帯ではないことも。それでも、やっぱり自分では中々足を運べない遠い国であるソマリランド。そもそも、ソマリランドは世界的にも承認されておらず、日本とも国交がないため、どんなアクセスの仕方を正規ルートと呼んで良いかもわからないような目的地だ。だからこそ、言語や嗜好品(カートと呼ばれる覚醒作用のある植物)を含め現地の文化を吸収しながら現地の社会と交流し、誰も見ていないものを見て、伝えてくれる作家の存在はありがたい。

 本書では、ソマリランドプントランドソマリア(このほかにも国らしきものはいくつかある様子)における混乱がなぜ起きているか、英国とイタリアの植民地政策や元々の氏族の関係・バランス、国際社会に対するスタンスなど、様々な方向から分析がされていて、謎の国(私は読むまでソマリアしか知らなかった)が急に色彩を伴うイメージとして自分の中で存在感を増し、また、ソマリランドの平和を構築するプロセスは非常に感銘を受けた。不思議な感じだけど、お金儲けが好きな民族というのは、平和に向いているのかもしれない。功利を考えれば、長期にわたって戦争をするメリットというのはないわけで、どこかで落としどころはつける。元々、この地域には落としどころのつけ方も決まりとして存在していて、機能していたという。

 『恋するソマリア』でも、日本のソマリア人、現地メディアの置かれる状況とメディアにかかわる人々について、現地の家庭の風景・おもてなし、など、いろいろな方向からソマリアを知ることができる。今もソマリア全土としては危険な状況であり、汚職も蔓延っており(Corruption Perceptions Indexでも最下位https://www.transparency.org/en/cpi/2019/results)、という環境下での報道が困難であることは容易に想像つくものの、働く人たちの苦悩については中々語られるものでもなく、これは中に入って一緒にカートを食べながら聞いた話は非常に価値があるものだと思う。また、度々の送金などのディアスポラ活動の成果かもしれないけれど。

 ところで、ソマリアイスラム教の地域であり、女子割礼も未だ残るらしい、女性にとっては更に厳しい環境。本書では、著者が男性ということもあってか、あまり女性の置かれる状況は描かれない。そんな中、メディアの支局長としてリーダーを務める若いジャーナリストのハムディは異色であり、希望。ソマリアシリーズの続編で成長と成功を是非見たい。

 

愛してるよ、愛してるぜ

 山田詠美と阿部譲二と言えば、山田詠美氏がデビューした当時に、恋人との問題を抱えていて対談をキャンセルしたところ、後日、花束と優しいメッセージを届けたエピソードがすぐに思い出される。以来、とても仲の良い様子はエッセイ等からうかがえる。この対談は長年の友情をはぐくんだ後の二人が互いの配偶者も時に登場させつつ悩み相談にこたえるというもの。

 前述のエピソードからわかる通り、女性にだけなのかもしれないけれど優しくて情のある阿部譲二氏と、「つみびと」で弱者に対する優しさと冷静な視線を見せた山田詠美氏であるけれど、自分の意志でアウトローな人生を若い時分に送った、突き抜けた人たちでもあるわけで、悩み相談に対して少し突き放しつつも愛のある回答をしている。とはいえ、悩み相談以外の対談が分量としては多い。まあ、二人がどんな回答をしそうか、過去の著作を読んでいる者には簡単に想像ができるもので、よくこの二人に相談しようと考えたものだ(本当の相談が寄せられているとしたら)、という感じなので、致し方ないのかもしれない。脱線が面白いから良いのではないか、と。ただ、山田詠美氏が聞き役に回りがちなので、エイミー節を目当てで読むと少し効用が不足するかもしれない。過去を振り返りつつ話す阿部譲二氏に対し、二度目の結婚前後で恋愛関連の話題が現在進行形の山田詠美氏が突っ込みを入れながらも良い聞き役として面白いエピソードを引き出している印象。しかし、とても聞き上手。

 

愛してるよ、愛してるぜ (中公文庫 や 65-2)
 

 

歴史とは靴である 17歳の特別教室

 17歳の特別教室と副題がついてはいるけれど、大人が読んでも面白い。『無私の日本人』『武士の家計簿』など、著書が映画になるような歴史学者を呼んで特別教室とは、ちょっとうらやましいな。この授業を受ける生徒もしっかりしているので、質問がまた興味深い。高校生時代の私が受けても猫に小判の講義だけれども、この高校生たちには、非常に実りのある良い時間になっているはず。

 歴史は嗜好品というよりは、実用品であると。非常に含蓄のある言葉。いくつかの対話を読んで思ったのは、歴史を学んで何かに活かす、という概念的な話だけでなく、関東大震災の時に津波が達した高さを知っていると自分の居場所の安全性がわかる、とか、世界のトイレの歴史を知っていたら建築デザイナーとして強いだろう、とか。

 また、著者の大学の入り直しのくだりも興味深い。大学の制度に関する話も高校生には実利的なところがあるかもしれないが、個人的に興味を持ったのが入りなおす大学の決め手となった研究。大学の研究者は面白い研究をしているもので、「江戸時代の平均結婚年齢の研究」というのがあるらしい。歴史人口学という名前はこの本で初めて知ったので、少し勉強してみようと思う。

歴史とは靴である 17歳の特別教室

歴史とは靴である 17歳の特別教室

  • 作者:磯田 道史
  • 発売日: 2020/01/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 
日本史の探偵手帳 (文春文庫)

日本史の探偵手帳 (文春文庫)

 

 

私にふさわしいホテル

 最近、気に入って毎週のように通っている日比谷シャンテ3階の書店HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEにて、『山の上ホテル+帝国ホテル+カンヅメ』と書かれた3題噺の文庫。手に取ってみると、割と好きだけど全作追い切れてはいない柚木麻子氏の未読の一冊。思わず購入。

 読み始めてみると、BUTTERナイルパーチの女子会に比べると、軽め。と思いきや、主人公の業の深さが凄まじく、終盤に披露される執念というか情念は他では見られないもの。本作は、作家志望で新人賞の受賞経験のあるアルバイトをしている女性が、文壇でのし上がっていく過程を描いたもので、読書好きなら誰もが知っている山の上ホテルに自主的にカンヅメになり創作に励もうとする、主人公にとって恒例のイベントで宿泊した際の偶然から始まる。相互に影響を与え合って自分の意向を通そうとする登場人物たちは人間の怖さを思い起こさせつつも、本当の悪人はいないというところが、読後に暗い気持ちを残さない。

 文学賞にまつわる政治というのは、最近はよく聞く話で、ソーシャルネットワーキングの発達によって、関係者や不遇な人たちが暴露する面もあるもかもしれない。なので、文中に登場する芸能人の出来レースや選考委員の好悪に左右される運命というのも、ああ、と思わせられる。そんな現実的なところと、主人公の機転や「そこまでやる?」という様々な行動の非現実的なところが、素晴らしいバランスで配置されている。一気に読んでしまう。

 しかし、最後の一幕。ここまでの執念を思いつく作者はどんな人なんだろう。本書の主人公が不思議な関係を築く作家から、バックグラウンドが見えない、と言われていたけれど、それは作者に通じるものがあるかもしれない。 

私にふさわしいホテル (新潮文庫)

私にふさわしいホテル (新潮文庫)

  • 作者:柚木 麻子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/11/28
  • メディア: 文庫
 

  

山の上ホテル物語 (白水uブックス)

山の上ホテル物語 (白水uブックス)

 

 

山の上ホテルの流儀

山の上ホテルの流儀

 

 

ハスラーズ/HUSTLERS

ハスラーズ(字幕版)

ハスラーズ(字幕版)

  • 発売日: 2020/05/27
  • メディア: Prime Video
 

  悪い人間が被害にあう犯罪映画は、犯罪者がヒーローになる。本作はジェニファー・ロペスが演じるトップダンサーであるラモーナが、金融危機で景気の悪くなったウォール街の残党を相手に、ぼったくりでお金をだまし取るチームを作り、荒稼ぎをする映画。悪いことをしなければ大金を手に入れないウォール街で、お金をつかんだ人々は他人(特にお金のない人)をだました罪を償うこともなくのうのうと生き続けている。それに対する怒りをぶつけるラモーナには、多くの人が共感してしまうだろう。特に、主人公が昼間の仕事に就こうとするも「未経験」を理由に不採用続きだったり、ラモーナがダンサー稼業が厳しくなった当初にOLD NAVYでも働いて、子育てとの両立を含め厳しい現実に苦しむ姿も見せていたり。人生はとてもつらい。ほかのメンバーもそれぞれに事情があって、だからこそ、苦労知らずの小悪党を罠にはめて破滅させる姿は痛快だ。中には、同情を誘う被害者も混じっていて、それがちょっとしたチーム内のささくれになってしまうこともあるけれど。

 ストーリーも良いけれど、この映画は、映像も美しく、音楽がまた最高。何よりもジェニファー・ロペスがかっこよすぎて、肩入れせずにはいられない。チームを率いるリーダーぶりが素晴らしく、何と言っても未だに男性優位なウォール街に対抗する女性のチームの結束、友情が心を打つ。ジャーナリストにバッグの中身を見せる場面、この愛情。こんなチームが作れたら、最高だ。

 女同士を分断させて喜ぶ文化もあるけれど、最近はシスターフッドを描く映画や小説も多く、観たり読んだりして前向きな気持ちになれるものが多い。

サブプライム問題とは何か アメリカ帝国の終焉 (宝島社新書 254)

サブプライム問題とは何か アメリカ帝国の終焉 (宝島社新書 254)

  • 作者:春山 昇華
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2007/11/09
  • メディア: 新書
 

 

出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと

 ヴィレッジヴァンガードが最高に面白い場所だった頃、そこで働いていた作者。別居から離婚という私生活の転機に、仕事においても会社の体制や雰囲気が変わったことで新しい道を考え始める。そんな時期に、出会い系サイト(といっても男女の出会いというよりは人脈づくりだったり、最近はネットワークビジネスの温床という話も聞くようなサイトらしい)で、出会った人たちに本を進める修行をすることになった経験が綴られる。なかなか勇気のいる行動だが、

 この活動を通じて作者が手に入れる人間関係や生活上の変化は、ずっと家に引きこもっていて手に入るものではないなと思う。そして、活動の初期は女性と出会いたい、という目的が前面の男性が多く、彼らはそれほど本を読んでいない様子で、勧める本を考えることもそれほど難しくはなさそうだったけれど、本を好きな人、読んでいる人に対する機会が出てきてだんだんと難易度が上がっていくさまも面白い。構成上の工夫なのかもしれないけれど、回を追うごとに難易度が上がっていくと、修行、という感じが強く感じられて。特に、新潟から来た女性に3冊の本を勧める回は圧巻。本のあらすじを覚えるだけでこの紹介はできない。有名どころの作家からサブカル色の強い作家まで、のラインナップはヴィレッジヴァンガードで過去に私が出会った面白かった本との出会いを思い出す。 

 

この世にたやすい仕事はない

 やっぱり時には書店に足を運ばないと、意外な出会いは期待できない。意外な出会いには、しばらく読んでなかった作家の新作も。津村記久子氏は、2009年の芥川賞作家。すっかり読んでなかったけど、読み始めた瞬間に懐かしい気持ちになる。読み心地の良さが印象に残る短編集のような一冊。

 仕事に打ち込み過ぎてバーンアウトして主人公が、ドモホルンリンクルのような仕事を求めて職安に行くことから始まる物語は、不思議な仕事、不思議な同僚、不思議な職場を短期間で転々とするさまを淡々としつつ随所に不穏な感じを混ぜつつ進む。一連の物語は、つながりがあるようでないようで、それも面白い。そして、不思議な出来事の数々は、あまり謎が解き明かされないままで次の仕事に移るところも。

 不思議な仕事の数々は職安で紹介されていて、現実世界が舞台ではあるけれど、普通に生きていると起こりえないことばかり。ある職場の同僚が街に起こす変化はファンタジーだし、ポスター張りの仕事と公園の仕事はちょっとしたサスペンス。おせんべい屋さんの仕事も最後の最後が少し不穏でサスペンス風味か。ポスターを張りに出かける街の飲食店やおせんべい屋さんの仕事で披露される話題のセンスも秀逸で、思わず笑ってしまう。

 各種の仕事は、こんな仕事があったらやってみたいものだ、と思うけれど、やっぱりずっとはできないよな、とも実感させてくれるので、長期休暇明けのリハビリ期間にも向いているかもしれない。

この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)

この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)

  • 作者:津村 記久子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/11/28
  • メディア: 文庫
 

 

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

ポトスライムの舟 (講談社文庫)