CoffeeAndBooks's 読書日記

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つみびと

 何かで彼女は締め切りのある仕事はしない、と聞いた記憶があって、いかにも山田詠美だなと思っていた。そんな山田詠美氏の最新作は、意外性の塊。日経新聞夕刊の連載、それも取材に基づくネグレクト死が題材。

 これまで、エッセイを通じて愛情に満ちた家庭で育ってきたことが伝わってくる著者。いつ、何を読んでもpage turnerで期待を裏切られたことの一度もない作家だけど、この題材が本当に書けるのか、幻滅しないかな、と読むまで不安だった。もしかして、正しい生き方をしてきた大人としてネグレクトしてしまった若い母親を責める小説になってるんじゃないか、とも。

 期待は、良い意味で裏切られた。美しい文章はいつもと同じだけど、尊厳を踏みにじられながら生きている蓮音の姿に心が痛くなるような現実感があり、読んでいて胸が苦しくなる。まじめに正しく生きることは、ものすごいエネルギーが必要で、周りの環境が少しでも足を引っ張れば、心が折れて続かない。それなのに、本作の主人公母子は男からの暴力だったり(家庭の中でも外でも)、それ以上に扱われ方が味方しない。

 題材がネグレクト『死』である以上、救いのない物語。読んでいて苦しくて、いつものように徹夜で一気に読み進めることはできなかった。それでも読了できたのは、根底に愛情が感じられたからかもしれない。罪はもちろん罪だし、人の命を奪うことは事情がどうあれ許されないことだろう。それをわかっていても、どうにもならないことがある。不幸な人の気持ちなんてわかるの?という不安は完全に的外れで、その「どうにもならなさ」が書けるのは、悪いことをした人をとりあえず糾弾するタイプの「正しさ」を持ち合わせていない山田詠美だからこそ、という納得感を読後に得た。

 読んで面白いとか、感動して力が出るとか、そんなものではないけれど多くの人に薦めたい一冊。

つみびと (単行本)

つみびと (単行本)