CoffeeAndBooks's 読書日記

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Maid

大学進学を目指す若いシングルマザー自身による実体験が綴られた一冊。

著者はシングルマザーとして子どもを育てながら大学に進学するため、家政婦を職業とする。カタカナ英語の感覚だとメイド=富裕層の家庭でサーブする女性を想像してしまうけれど、掃除だけを請け負ってくれるサービスもメイド。学業や職歴によって武装できない人々のギグワークとして、比較的メジャーなようで、貧困への対処についてのTed talkでも困窮している家庭の主婦たち(配偶者がいる点がMaidの著者とは異なるものの境遇は近い)が集まって始めたビジネスも家庭やオフィスの清掃業だった。

Mia Birdsong: The story we tell about poverty isn't true | TED Talk

本書の内容としては、いろいろな家庭を回って主に掃除を行うなかで出会った人々や日々の生活の中で接触する人々について、そして、彼らとの交流から得た感情や彼女自身のバックグラウンドが語られる。

特に衝撃を受けたのは、Food stampのような困窮している人々へのサービスの受益者に対する他者の視線。日本で生活保護を受ける人たちに対する視線に近い。アメリカはキリスト教精神で助け合うことが基本だと聞いたことがあるのだけれども、そんなことはなくて、福祉に頼る人々を怠惰な人々とみなし冷たくする人は多くいる。中には、彼女のショッピングカートを覗き込んで「どういたしまして」と言ってくる人も。もちろん、そんな人達だけではなく、彼女に対して親切な人もいるけれど、一部の心無い振る舞いを知るだけでも悲しくなる。自己責任論の世界は、ある程度自分を律するためには必要かもしれないものの、生活を立て直そうと必死な人々に「今の境遇はあなたの選択、あなたのせい」というのは随分と乱暴だ。著者はきつい仕事やお金がないことだけでなく、こうした他者の視線にも苦しむ。

また、彼女の家庭も複雑で、両親からの経済的なサポートを受けることは難しいし、精神的なサポートの面でも両親との関係も健全とは見えず難しい状況。日本で最近言われている親ガチャで言えば、彼女は少なくとも当たりではない。親が犯罪者でない、定住している、人種を理由に殺されることはない、そして大学に進学する選択肢を知っている、という意味で最も厳しい状況には置かれていない。とはいえ、親の資金で大学に進学できる人や親に子育てを手伝ってもらいながら生活を立て直せる人々に比較すると厳しい状況にある。若いうちに自立を強いられた上に、自分が守るべき子を抱えて生活しながら大学進学を目指すというのは、想像するだけでも大変なことだ。

それでも、彼女は不満は表しつつも仕事を続け、ついには大学に進学する。サクセスストーリーの一種としてもパワフルな一冊。だけど、私が本書をおすすめしたいのは恵まれた境遇にあったり、それを自覚していない『努力して普通の暮らしを手に入れている』すべての人。私達が自己責任論を振りかざしたくなったときに、相手がどんな境遇にいて、何を思っているのかを知るべきだと思う。