CoffeeAndBooks's 読書日記

日々の読書を記録しています

GIRL

girl-movie.com

 トランスジェンダーの高校生のララが主人公の本作は、トランスジェンダーであることに起因して悩む姿を描いているけれど、それ以上に10代特有の焦燥や思いつめてしまう感覚が描かれているように思った。

 転校して、女子に混ざってバレエのレッスンを受けるララは、更衣室も女子と一緒。最初に先生が「一緒に更衣室を使うことに抵抗がないか」と教室全体に聞く無神経さには衝撃を受けたけれど、それを経て更衣室は女子用を使うことに。でも、10代でホルモン療法をするかしないか、というタイミングなので体は男子なので、いろいろと苦労をする。そして、クラスメイトのいじめも徐々にだけど始まって、ララが静かに傷つく姿は少し泣ける。紹介記事では嫉妬によるいじめ、と書いてあったけれど、どちらかというと異質なものに対する抵抗感のように感じた。そして、全員がバレエに打ち込んでいて、プレッシャーにつぶされながら日々の練習や授業に取り組んでいるわけだから、受験を控えた高校生のように、周囲の弱い立場の子に意地悪してしまうこともあるかもしれない。それが、相手をどれほど傷つけるかなんて想像することもなく。

 ただ、救われるのは父親マティアスの徹底的な家族への愛。これがなかったら、完全な悲劇で映画が終わってしまう。戸惑いは見せつつも、常にララの意思を尊重するマティアスの姿は美しい。どこで働いてもタクシードライバーだから、というけれど、職場を変えて引っ越しをして、病院にも毎回付き添って、というのはすごいことだ。 最後のシーンは本当に心打たれる。

 なお、本作の主演を演じるのは男性のバレエダンサー。実際にはトランスジェンダーでないということで、批判する意見もあるようだけど、彼の表現力は素晴らしく、とても適した配役に思われた。トランスジェンダーの人から見てリアリティに欠ける部分があるのかもしれないけれど、彼の表情やちょっとした仕草から、ララの感じる居心地の悪さや焦燥感は十分に伝わってきたから。

13歳から知っておきたいLGBT+

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性とジェンダー (別冊日経サイエンス)

性とジェンダー (別冊日経サイエンス)

 

 

王家の遺伝子 DNAが解き明かした世界史の謎

 DNAが解き明かした謎と、解き明かし切ってはいないけれど大いにヒントを提供した謎についての一冊。図表と平易な文章のおかげで、生命科学方面の知識がなくても楽しく読める。

 シェイクスピアが醜悪な人物として描いたリチャードIII世。その容姿はシェイクスピアの描写とは異なっていたらしいことが、駐車場から見つかった人骨によって判明する。王族は家系が長く追えるため遺伝子の研究に適しているそうだけど、数百年の時を経て見つかっても身元が判るというのはすごいことだ。まあ、DNAは万能ではないというのも本書内で何度か出てくるように、歴史として伝わっていることと合わせて特定できることが多いようだけど。

 長期の時を経てというと、ツタンカーメンやラムセスとその親族についても、3000年ほど昔のミイラから、ここまで判るのかと驚く。謎のミイラのDNAからわかる血縁関係、そこから補強される伝わっている歴史における出来事。

 著者があとがきで示す「分子歴史学」「DNA歴史学」が確立され発展すると、歴史は更に面白いことになりそうだ。 

 

「国語」から旅立って

 日本語がネイティブで、日本語で大学院までのほとんどの教育を受け、日本語の小説やエッセイを書く作家である台湾人の温又柔氏。そんな彼女にとって、「国語」をどのように捉えたか、を様々なエピソードを通じて語る一冊は、とても素晴らしい読書体験につながった。

 故郷の言葉がネイティブでないことの葛藤、リービ英雄からの薫陶、日本語による創作の自由さとの出会い。日本語の名前を持つ主人公を配置した創作から、中国語の名前を持つ主人公を配置した創作への移行。日本語と中国語の間だけでなく、台湾という国家についても。

 台湾は中華民国という国であると同時に、中国人民共和国(PRC)にとっては中国の一部と認識される地域でもある。著者が故郷の言語である中国語を学ぶために上海に留学するエピソードもあらためて考えさせられる。ヨーロッパの一部の分裂した国家では言語も分離したのに対し、台湾とPRCの中国語は文字と一部の語彙や表現が異なるのに同じ中国語と呼ばれる点が興味深かった。こうした背景も双方の国民の認識に影響を与えるものなのか、勉強してみたいところ。

 それから、私の周りの中国系・韓国系の人たちも、ときどき言われている、「日本人に見える」の言葉についても。特に、この言葉、日本語力の高さを称賛するだけでなく、日本人に見えるから仲間として受け入れられるとか、そんなメッセージを含んでいることが時にあって、傍から見ていても複雑な気持ちにさせられる。当たり前だけど、当人には複雑な気持ちという言葉では片付けられないもので、ワールドカップのエピソードは心に刺さった。居合わせたときに、何と反応するのが正しいのか、好ましいのか、分かっていなくて傍観者になってしまっているのだけど、もう少し考えなくては。せっかく言語と時間を共有するのだから。 

「国語」から旅立って (よりみちパン! セ)

「国語」から旅立って (よりみちパン! セ)

 
台湾生まれ 日本語育ち (白水Uブックス)

台湾生まれ 日本語育ち (白水Uブックス)

 

 

ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス/Ex Libris: The New York Public Library

 映画館が限られるのが残念な、見る価値のある一本。

 舞台はそのままニューヨーク公共図書館。官民パートナーシップにより、市の予算と民間からの寄付により成り立つ予算を基に、ただ本を貸すだけでなく、コミュニティをよくするための活動(芸術の振興や教育を含む)を企画・実行し、一時的な書籍の貸し出し数だけでなく将来的な資産となる書籍の購入や図書館の未来を考える舞台裏は、きわめて興味深く部外者にとっても文化について考える良い機会になる。

 個人的には予算取りの戦略まで明らかにしてしまって大胆だな、と思うけれど、比較的うまく予算取りができているニューヨーク公共図書館(NYPL)ですら、青天井ではなく限られた予算を効率的に使う必要がある。彼らはただ本を集め貸すだけでなく、スキルが今時点でない人たちに教育を受けさせ職に就く手助けをしたり、学校に採用されている教科書に嘘があることについて声を上げ本当の歴史を伝える努力をしたりする。そして、定期的なイベントが素晴らしく、詩人にインタビューしたり、朗読があったり、手話通訳者のワークショップがあったり、と多種多彩。舞台裏も面白いけれど、活動カタログとしても十分に面白い。世界中の図書館員の憧れというのも頷ける。東京にも日比谷図書文化館とか、面白い試みをしているところはあるけれど、やっぱりNYPLに比べると少し分野が限定的な印象。

 特に興味深いのは、建築家の発言で、北欧の図書館はたくさんの本があって、南に行くとほとんど本はなくなる、しかし図書館の目的は知識を得ることであって本を保管することではないのだ、というもの。アフリカには年寄りが亡くなるのは図書館が消失するのと同じだという諺があると何かで聞いたけれど、きっと本以外のコンテンツで文化や知識を教えてくれる愉快な図書館が世界にはあるのだろう、とわくわくした。といっても私は日本とアメリカ以外の図書館を知らず、想像したのみだけど。

 それから、アメリカの教科書にも嘘があるということは、考えてみればどこの国にも起こりうることで不思議はないものの、公平な国を喧伝しているだけに、公共機関がそこに踏み込むことは意外性があり驚いた。アメリカの教科書では、奴隷貿易によって連行された黒人を、移民労働者と紹介する教科書があるらしい。NYPLのイベントでも黒人文化に関するものが多いようで(Schomburg Center for Research in Black Cultureという黒人文化に関する分館もある)、映画では一部を紹介されるだけだったけれど、改めて関心を持つ機会になった。

 

http://moviola.jp/nypl/

moviola.jp

 

生きるための図書館: 一人ひとりのために (岩波新書)

生きるための図書館: 一人ひとりのために (岩波新書)

 
図書館巡礼:「限りなき知の館」への招待

図書館巡礼:「限りなき知の館」への招待

 
現代思想 2018年12月号 特集=図書館の未来

現代思想 2018年12月号 特集=図書館の未来

 

 

つみびと

 何かで彼女は締め切りのある仕事はしない、と聞いた記憶があって、いかにも山田詠美だなと思っていた。そんな山田詠美氏の最新作は、意外性の塊。日経新聞夕刊の連載、それも取材に基づくネグレクト死が題材。

 これまで、エッセイを通じて愛情に満ちた家庭で育ってきたことが伝わってくる著者。いつ、何を読んでもpage turnerで期待を裏切られたことの一度もない作家だけど、この題材が本当に書けるのか、幻滅しないかな、と読むまで不安だった。もしかして、正しい生き方をしてきた大人としてネグレクトしてしまった若い母親を責める小説になってるんじゃないか、とも。

 期待は、良い意味で裏切られた。美しい文章はいつもと同じだけど、尊厳を踏みにじられながら生きている蓮音の姿に心が痛くなるような現実感があり、読んでいて胸が苦しくなる。まじめに正しく生きることは、ものすごいエネルギーが必要で、周りの環境が少しでも足を引っ張れば、心が折れて続かない。それなのに、本作の主人公母子は男からの暴力だったり(家庭の中でも外でも)、それ以上に扱われ方が味方しない。

 題材がネグレクト『死』である以上、救いのない物語。読んでいて苦しくて、いつものように徹夜で一気に読み進めることはできなかった。それでも読了できたのは、根底に愛情が感じられたからかもしれない。罪はもちろん罪だし、人の命を奪うことは事情がどうあれ許されないことだろう。それをわかっていても、どうにもならないことがある。不幸な人の気持ちなんてわかるの?という不安は完全に的外れで、その「どうにもならなさ」が書けるのは、悪いことをした人をとりあえず糾弾するタイプの「正しさ」を持ち合わせていない山田詠美だからこそ、という納得感を読後に得た。

 読んで面白いとか、感動して力が出るとか、そんなものではないけれど多くの人に薦めたい一冊。

つみびと (単行本)

つみびと (単行本)

 

 

工学部ヒラノ教授のラストメッセージ

 ヒラノ教授も最新刊では「終活大作戦」ということで、ヒラノ教授が東工大金融工学を研究する理財工学研究センターを最後の仕事として開設したのも20年前。

 

 本書は、ヒラノ教授(何のための仮名なのかわからないくらい『=著者』だけど)が、筑波大学でのブラック環境から、教授として東工大に迎え入れられ、研究者としての領分を広げ、理財工学研究センターを開設(のちにクローズされる)、という中でのあれこれを赤裸々に綴る。

 工学部の変わった研究者たちの生態については、私もよく理解しているけれど、今回面白かったのは経済学世界の裏側というか、近代経済とマルクス経済の関係。なぜ、資本主義の日本でマルクス経済学が幅を利かせているのか。そして、近代経済学近代経済学で国産とアメリカ産の派閥。あまり知らない世界だけに面白い。

 一方、一般教養の世界と専門研究の世界のデマケだったり、ヘッドカウントを巡る戦い・駆け引きだったり、というのも興味深い。この辺りは象牙の塔も一般企業の世界と通じるドロドロ具合。でも、教授や助教授は学問の世界で純粋培養されているせいか、年齢と経験のわりにナイーブにショックを受けたり悩んだりするので、こんなところで政治をするのは大変そうだ。

 

 金融バブルの裏側で金融工学を研究している研究者の世界がどんなだったか(東大の動向も少しだけ触れられている)、この世界に近いところで仕事をしている・していた人には興味深いだろうし、研究者を志す人にも興味深い一冊のはず。

 

工学部ヒラノ教授のラストメッセージ

工学部ヒラノ教授のラストメッセージ

 
工学部ヒラノ助教授の敗戦 日本のソフトウエアはなぜ敗れたのか

工学部ヒラノ助教授の敗戦 日本のソフトウエアはなぜ敗れたのか

 

 

女の不作法

 人気脚本家による、ちょっといけ好かない人物の評論集とでもいうのか、著者本人の失敗経験も含めて様々なケースが紹介される。読む前は、悪口が大量に展開されているエッセイなのかなと思っていたけれど、あまり感情的でない書き方なので悪口という感じはあまりしない。著者に共感するところもあれば、自分を省みて「こんな風に受け取られる行為は慎もう」と思うところもあり、なかなか面白い。

 そして、著者の視点が非常にバランスが良いことに感嘆する。さすが、老若男女に向けて発信する人は違うなと。自然・野生とアンチエイジングに関する考察はとても印象的だった。自然と野生は異なる、自然が良いといって無精な人は素敵じゃない。かといって、アンチエイジングに血眼な人も「痛い」と評される。その「痛い」という言葉に関するくだりが素晴らしいので、是非とも多くの方におすすめしたい。著者がどちらかというと、若作りをすれば「痛い」と評される側の世代だし、「自分は違う」という変な特権意識もないので、「痛い」という言葉の切なさを感じるのかなと思う。

 男性について論じる「男の不作法」も興味深い。

 

女の不作法 (幻冬舎新書)

女の不作法 (幻冬舎新書)

 
男の不作法 (幻冬舎新書)

男の不作法 (幻冬舎新書)