CoffeeAndBooks's 読書日記

日々の読書を記録しています

私にふさわしいホテル

 最近、気に入って毎週のように通っている日比谷シャンテ3階の書店HMV&BOOKS HIBIYA COTTAGEにて、『山の上ホテル+帝国ホテル+カンヅメ』と書かれた3題噺の文庫。手に取ってみると、割と好きだけど全作追い切れてはいない柚木麻子氏の未読の一冊。思わず購入。

 読み始めてみると、BUTTERナイルパーチの女子会に比べると、軽め。と思いきや、主人公の業の深さが凄まじく、終盤に披露される執念というか情念は他では見られないもの。本作は、作家志望で新人賞の受賞経験のあるアルバイトをしている女性が、文壇でのし上がっていく過程を描いたもので、読書好きなら誰もが知っている山の上ホテルに自主的にカンヅメになり創作に励もうとする、主人公にとって恒例のイベントで宿泊した際の偶然から始まる。相互に影響を与え合って自分の意向を通そうとする登場人物たちは人間の怖さを思い起こさせつつも、本当の悪人はいないというところが、読後に暗い気持ちを残さない。

 文学賞にまつわる政治というのは、最近はよく聞く話で、ソーシャルネットワーキングの発達によって、関係者や不遇な人たちが暴露する面もあるもかもしれない。なので、文中に登場する芸能人の出来レースや選考委員の好悪に左右される運命というのも、ああ、と思わせられる。そんな現実的なところと、主人公の機転や「そこまでやる?」という様々な行動の非現実的なところが、素晴らしいバランスで配置されている。一気に読んでしまう。

 しかし、最後の一幕。ここまでの執念を思いつく作者はどんな人なんだろう。本書の主人公が不思議な関係を築く作家から、バックグラウンドが見えない、と言われていたけれど、それは作者に通じるものがあるかもしれない。 

私にふさわしいホテル (新潮文庫)

私にふさわしいホテル (新潮文庫)

  • 作者:柚木 麻子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2015/11/28
  • メディア: 文庫
 

  

山の上ホテル物語 (白水uブックス)

山の上ホテル物語 (白水uブックス)

 

 

山の上ホテルの流儀

山の上ホテルの流儀

 

 

ハスラーズ/HUSTLERS

hustlers-movie.jp

 悪い人間が被害にあう犯罪映画は、犯罪者がヒーローになる。本作はジェニファー・ロペスが演じるトップダンサーであるラモーナが、金融危機で景気の悪くなったウォール街の残党を相手に、ぼったくりでお金をだまし取るチームを作り、荒稼ぎをする映画。悪いことをしなければ大金を手に入れないウォール街で、お金をつかんだ人々は他人(特にお金のない人)をだました罪を償うこともなくのうのうと生き続けている。それに対する怒りをぶつけるラモーナには、多くの人が共感してしまうだろう。特に、ラモーナはダンサー稼業が厳しくなった当初はOLD NAVYでも働いて、厳しい現実に苦しむ姿も見せているので、動機が伝わりやすい。ほかのメンバーもそれぞれに事情があって、苦労知らずの小悪党を罠にはめて破滅させる姿は痛快だ。中には、同情を誘う被害者も混じっていて、それがちょっとしたチーム内のささくれになってしまうこともあるけれど。

 ストーリーも良いけれど、この映画は、映像も美しく、音楽がまた最高。何よりもジェニファー・ロペスがかっこよすぎて、肩入れせずにはいられない。チームを率いるリーダーぶりが素晴らしく、何と言っても未だに男性優位なウォール街に対抗する女性のチームの結束、友情は心を打つ。ジャーナリストにバッグの中身を見せる場面、この愛情。こんなチームが作れたら、最高だ。

サブプライム問題とは何か アメリカ帝国の終焉 (宝島社新書 254)

サブプライム問題とは何か アメリカ帝国の終焉 (宝島社新書 254)

  • 作者:春山 昇華
  • 出版社/メーカー: 宝島社
  • 発売日: 2007/11/09
  • メディア: 新書
 

 

 

出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと

 ヴィレッジヴァンガードが最高に面白い場所だった頃、そこで働いていた作者。別居から離婚という私生活の転機に、仕事においても会社の体制や雰囲気が変わったことで新しい道を考え始める。そんな時期に、出会い系サイト(といっても男女の出会いというよりは人脈づくりだったり、最近はネットワークビジネスの温床という話も聞くようなサイトらしい)で、出会った人たちに本を進める修行をすることになった経験が綴られる。なかなか勇気のいる行動だが、

 この活動を通じて作者が手に入れる人間関係や生活上の変化は、ずっと家に引きこもっていて手に入るものではないなと思う。そして、活動の初期は女性と出会いたい、という目的が前面の男性が多く、彼らはそれほど本を読んでいない様子で、勧める本を考えることもそれほど難しくはなさそうだったけれど、本を好きな人、読んでいる人に対する機会が出てきてだんだんと難易度が上がっていくさまも面白い。構成上の工夫なのかもしれないけれど、回を追うごとに難易度が上がっていくと、修行、という感じが強く感じられて。特に、新潟から来た女性に3冊の本を勧める回は圧巻。本のあらすじを覚えるだけでこの紹介はできない。有名どころの作家からサブカル色の強い作家まで、のラインナップはヴィレッジヴァンガードで過去に私が出会った面白かった本との出会いを思い出す。 

 

この世にたやすい仕事はない

 やっぱり時には書店に足を運ばないと、意外な出会いは期待できない。意外な出会いには、しばらく読んでなかった作家の新作も。津村記久子氏は、2009年の芥川賞作家。すっかり読んでなかったけど、読み始めた瞬間に懐かしい気持ちになる。読み心地の良さが印象に残る短編集のような一冊。

 仕事に打ち込み過ぎてバーンアウトして主人公が、ドモホルンリンクルのような仕事を求めて職安に行くことから始まる物語は、不思議な仕事、不思議な同僚、不思議な職場を短期間で転々とするさまを淡々としつつ随所に不穏な感じを混ぜつつ進む。一連の物語は、つながりがあるようでないようで、それも面白い。そして、不思議な出来事の数々は、あまり謎が解き明かされないままで次の仕事に移るところも。

 不思議な仕事の数々は職安で紹介されていて、現実世界が舞台ではあるけれど、普通に生きていると起こりえないことばかり。ある職場の同僚が街に起こす変化はファンタジーだし、ポスター張りの仕事と公園の仕事はちょっとしたサスペンス。おせんべい屋さんの仕事も最後の最後が少し不穏でサスペンス風味か。ポスターを張りに出かける街の飲食店やおせんべい屋さんの仕事で披露される話題のセンスも秀逸で、思わず笑ってしまう。

 各種の仕事は、こんな仕事があったらやってみたいものだ、と思うけれど、やっぱりずっとはできないよな、とも実感させてくれるので、長期休暇明けのリハビリ期間にも向いているかもしれない。

この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)

この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)

  • 作者:津村 記久子
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2018/11/28
  • メディア: 文庫
 

 

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

ポトスライムの舟 (講談社文庫)

 

 

家族を想うとき/Sorry We Missed You

longride.jp

 年末のお休みで映画館へ。「わたしは、ダニエル・ブレイク」のケン・ローチ最新作は、再び福祉から漏れている人々について。

 福祉はあっても、必要な人にはなかなか届かない。やりがい搾取で成り立つビジネスに応募する主人公リッキーは、明らかに厳しい条件の請負仕事の面接で「生活保護には頼らない、プライドがあるから」という主旨のことを答える。リッキーは、妻アビーの車を売って手付けを払ってローンで購入する車を使って、すべて自己責任の宅配ドライバーに。リッキーにしても、彼には彼の言い分があって今の境遇だと思うし、短気だけど家族のために必死に生きているのは伝わってくる。ただ、このアビーは本当に悲しい人生を送っているように思ってしまった。酔っぱらって暴力をふるう父親のもとに生まれ、おそらく職業を選ぶために必要な教育は受けていなくて、あまり条件の良くなさそうな訪問介護の仕事をしている。結婚すると仕事が長続きしない夫と暮らし、長男セブは非行に走り、長女ライザはけなげに頑張るけどストレスが体調に表れている。そんななか、夢を見る夫に説得されて仕事に必要な車を売って、バスであっちこっちの家庭に訪問介護。リッキーの会社ほど非人道的ではないけれど、ぎりぎりの体制と低賃金で回している訪問介護の仕事はストレスフルだろう。しかし、そんな彼女がいっぱいいっぱいの気持ちを爆発させるシーンで、笑っている観客がいて、少し混乱。私が読み取れないだけで、ユーモラスに作ってあったのかもしれないけれど、私は悲しい場面に見えた。

 ところで、原題の"Sorry We Missed You"は不在連絡票に描かれている文句なのだけど、両親の問題が新自由主義経済の犠牲者としての不遇とすると、子どもたちの問題は両親の不在である、ということだろうか。少なくとも両親は家族のために、と身を粉にして働いているのだけど、決定的な出来事が起こるまで非行に走るセブ、本人を責めることは決してできないだろうけど大きなダメージを与えるきっかけを作ってしまうライザ。特にライザは家族で一緒にいたいと思っているけれど、両親が描く幸せを実現するには超過労働で家を空けて働き続けるしかない。イギリス人にとって、自分の家を持つことがどれくらいの意味を持つのか、私にはわからないけれど、家を持つことを考えなかったら、貧乏でも幸せな一家としてもう少し家族で一緒にいられるのかもしれない。そう思うと、労働力を搾取される社会も問題があるけれど、搾取されずに幸せに生きようと思ったら、各人が価値観を変えることも必要なのかもしれない。

わたしは、ダニエル・ブレイク (字幕版)

わたしは、ダニエル・ブレイク (字幕版)

  • 発売日: 2017/09/06
  • メディア: Prime Video
 
わたしは、ダニエル・ブレイク [DVD]

わたしは、ダニエル・ブレイク [DVD]

  • 出版社/メーカー: バップ
  • 発売日: 2017/09/06
  • メディア: DVD
 

 

プライベート・ウォー/Private War

privatewar.jp

 戦場ジャーナリスト、メリー・コルヴィンの伝記的映画。彼女が隻眼になった経緯、数年にわたり苦しむ深刻なPTSD、そして伝説的なホムスの現地レポート。実在の人物に関する映画なので結末は予測可能なものであるけれど、やっぱりショックを受けた。特に映画の筋としての驚きはないとはいえ、多くの日本人にとっては驚くべき瞬間の多い映画ではないかと思う。たとえば、東ティモールの現場やシリアの現場は、日本語の報道では中々目にしないものだったのではないかと思う。カダフィ大佐のインタビューも日本語では見なかったし。

 そういえば前に見たインタビューはアマンプール氏のもので、その際のカダフィ大佐の台詞が今回の映画でコルヴィン氏が行ったインタビューとそっくりだったと思い出したのだけど、どうもコルヴィン氏のアレンジでABCのアマンプール氏とBBCのBowen氏が参加したということらしい(https://www.theguardian.com/media/2012/dec/23/marie-colvin-obituary-jeremy-bowen)。なお、この記事は彼女が勇敢であること、罪のない人々が殺される現実に深く同情していたこと、世界に報道しなければという使命感を持っていたことだけでなく、若い記者の育成にも熱心だったことが触れられていて、映画だけでは知ることのできない一面が伝わってくる素晴らしい追悼文だった。映画で見ると、ハードボイルドな一匹狼的な印象が強かったし、それも組織に頼らず報道する彼女の姿勢の一面ではあったと思うけれど。

 しかし、壮絶な最期。これだけの使命感と行動力を持つに至った、ジャーナリスト マリー・コルヴィンを作り上げた幼少期や青年期も気になる。勇敢なジャーナリストと年老いたジャーナリストがいるなか、勇敢で年老いたジャーナリストはいない、と言いながら戦場を駆け巡る覚悟に改めて心を打たれる。こんな風にして報道している人たちがいる、ということに衝撃を受ける。この映画も多くの人に薦めたい映画。 

 

LOST IN TRANSLATION

"Lost in Translation"は、翻訳によって何かが失われてしまう、という翻訳の欠点として使われる表現。この絵本は、翻訳の難しい様々な言葉(といっても言語の偏りは少しある)を、紹介する一冊。英語版も平易な文章ではあるけれど、日本語版のほうがカタカナで読み方を書いてある分、より親切かもしれない。

 文化的な違いも面白いし、地理的な特徴だったり、そういったことからも固有の言葉は生まれるものなのだと、一ページ一ページ、思いをはせる。しかし、この本を読んでいると日本はのんびりした国にみえて、TokyoとかJapanから連想する世界とは大きく違う。私たちも世界を知ることができるし、世界も多面的に日本をとらえているのだと思うと感慨深い。 

Lost in Translation: An Illustrated Compendium of Untranslatable Words

Lost in Translation: An Illustrated Compendium of Untranslatable Words

 

 

翻訳できない世界のことば

翻訳できない世界のことば