CoffeeAndBooks's 読書日記

日々の読書を記録しています

アウシュヴィッツで君を想う

 ユダヤ系オランダ人医師が残したアウシュヴィッツでの経験。あとがきによれば、これは回想ではなく「戦争が終結する前に」「収容所の中で」書かれた文章である。そのため、記録として詳細で、その場その場の会話や感情も含めて伝わるように思う。

 作者は妻とともに収容されており、妻は人体実験の対象を集めた実験棟に収容される。彼女が実験の対象にならないよう、作者は終戦の間際まで手を尽くす。読んでいるうちに、やはり作者とその妻のフリーデルの無事を願い、一喜一憂してしまうけれど、同じように生き延びようとした人たちも大量に命を奪われたことを考えると本当に辛い。そして、収容する側にもそれぞれに感情があり、気まぐれではあるかもしれないが心遣いを見せるところがあり、ナチスを扱う戦争映画でしばしば見せられるような、普通のどこにでもいるような人々が行う残虐行為の恐ろしさを感じさせる。

 

 そして、最後に収録されている家族のあとがき『エディ・デ・ウィンドの生涯』も、重いテーマを突き付ける。収容されている期間、命がけで相手を想い行動していた二人のその後は切ない。経験した出来事によるトラウマも本人を苦しめるし、生き延びた罪悪感も本人を苦しめる。そして、生還した人たちは、生きていくうえで『美談』とはならない選択をするしかないこともある。犯罪や不道徳的なことをしたわけではないけれど、生還者という背景を持つ作者に対する期待を裏切る行為によって非難される、というのも更に残りの人生を苦しいものにしたのではないかと思う。

 

 

 

Flowers for Algernon

 野口悠紀雄氏の『「超」英語独学法」で『アルジャーノンに花束を』が元々は短編であったことを知り、また、長編化されたことにより余計なストーリーが混入して密度が低くなったと書かれていたので、”The Science Fiction Hall of Fame, Volume One”に収録されているバージョンにて。

 細かい設定が私の知っているバージョンとは異なり(たとえば主人公の勤務先がパン屋ではなくプラスティック工場だったり)、新鮮だった。そして、余計なエピソードがない分、より『知性とは何か』『幸せとは何か』を深く考えられたかもしれない。

 原文で読むと、ネイティブも聞いた通りに綴ると起こる誤字(should write →shud rite)や、口語表現をそのまま書き起こした文章と高度に練られた文章の違い、と言った部分も勉強として興味深い。ただ、初期の誤字だらけの文章は英語に慣れていないと読みにくいし、教授を超える知能を得た段階の文章は単語や構造も複雑で、こちらもまた少し読みにくいかもしれない。ただ、翻訳ではなく原文で読むべき、というのは納得。

 ストーリー自体も、昔読んだときとは印象が違った。知能指数が向上することによって、主人公のチャールズは、それまで友だちだと思っていた同僚からからかわれていたことに気付いたり、天才だと思っていた教授にしても能力に限界があることを気付いたり、という面だけを見ても、自分自身にチャールズの周囲の人間のような心理が100%ないとは言い切れないところに苦い気持ちになったし、気付かなければ思い悩むことのないことを知る辛さや、笑われていたことを知る辛さも身に迫る。それでも、教授に向けて実験について語る部分で、冷静に事実を受け止めて総括ができることは知性によるはずで、知性によって得る不幸もあれば、幸せもあるのだと思う。

 そして、最後に語られる学習への意欲や他者への気遣い。チャーリーの歩んだ手術からの日々は、私達が成長して知的なピークを迎え、いつかすべてを忘れたり、昔は理解できたことを理解できなくなるプロセスと同じだと思うけれど、私もこんな心でいられたらと思う。

 

 

 

 

美意識の値段

 クリスティーズの日本代表であり、日本古美術の専門家である著者による、美意識と美術品ビジネスに関する四方山話。オークションハウスというビジネスは聞いたことがあっても、富裕層にしか関係のない場所という意識があって足を踏み入れたこともなく、ましてやオークションに参加したこともない身には面白過ぎるエピソードの数々だった。読んでしまえば当たり前のことだけど、美術館も売買をするんだな、とか、仏像の里帰り、とか。そして、オークションは意外と敷居が低い様子。ぜひ、参加してみようと思う。

 美術に関する知識も面白いけれど、何よりも印象に残ったのは、外国企業で働きつつ日本のためのビジネスをしているという感覚。私自身も業界は異なるけれど外資系企業で働き、必ずしも日本市場だけを見てビジネスをしてはいないけれど、どこかで日本にベネフィットをもたらすことができれば、という意識をもって仕事をしている。それは直接の金銭的なベネフィットだけでなく、日本の良い企業が世界でもっとたくさんの人の役に立つ手伝いがしたいとか、日本のポジティブなプレゼンスを高めるために自分は何かできないか、といった意識。著者の山口氏は、海外法人で採用されたスペシャリストとして働きつつ、必ずしも日本に置くことを第一にするわけではないけれど、日本の美術が末永く保存されるために、日本の美を世界に知ってもらうために、と日本を背負って仕事をしているようで、読んでいて熱い気持ちになる。

 そしてもう一つ。サザビーズのシュレッダー事件は美術に詳しくない私でも知っていて当時は驚いたものだが、本書を読んで更に驚いた。これも読んでしまえば当然に思えることではあるけれど、多くの人にとって驚きがあるのではないか。他社のことなので、と遠慮がちな暴露ではあるけれど、それが余計に本当らしく感じられる。これは知識としての面白さ。

 

 

血も涙もある

 正しさを盾に誰かを糾弾する人には絶対にならない山田詠美。今回のテーマは不倫。料理研究家、その夫、そして料理研究家の助手であり夫の不倫相手の3人が交互に語り手となる構成。誰もが事情を持っていて、一方的な悪者はいない、道徳的な倫理で誰かの関係を糾弾するべきではない、というフェアな視点が山田詠美らしいなと思う。

 そして、かっこ悪くなりきれない登場人物も、いつも通り。全員が理性的にことを運んでいく。ちょっと淡々としすぎのような気もしたけれど、ヒステリックな感情の爆発がなくても、大切な関係を失うことの切なさは伝わってくる。まあ、全員が若者ではないから、実際に仕事や社会生活や、恋愛以外のことが人生の拠り所になってくると、こんなものかもしれない。

血も涙もある

血も涙もある

 

 

デトロイト美術館の奇跡

 つい最近の実話に基づく小説。主な登場人物は3名いて、うち1名のみが実名の実在の人物ロバート・ハドソン・タナヒル。このタナヒル氏は大富豪で近代美術コレクターとして名を馳せ、デトロイト美術館の支援者であり、死後にも大量の美術品を残した人物。そして、のこる2名は、デトロイト美術館の学芸員ジェフリー・マクノイドと常連客フレッド・ウィル。常連客と言っても、もともとは美術に興味のなかった彼は自動車産業の傾きにより早期リタイヤを余儀なくされた後に通い始めた、割と歴は短い常連客。彼をデトロイト美術館に引き合わせた妻は既に亡く、妻が友人たちと呼ぶ絵画に会うため、その家である美術館に通う。

 フレッドのセザンヌとの向き合い方は、美術品の金銭的な価値や評価とは関係なく、とにかくその絵に惹かれ、対話を楽しむというもの。だから、自治体の破綻に伴いコレクションが売却されようというときには、友人を助ける気持ちで行動する。美術館の負債額に比べると彼が拠出できる金額はその0.001%にも満たないけれど、ハチドリの一滴を決して軽く見てはいけない。塵も積もれば、ということと、誰かの熱意は大きな力を動かす、ということで、タイトルにふさわしい進行をしていく。

 既に報道も十分にされている実話に基づくので、大きなサプライズはないけれど、代わりに、小さな感動が散りばめられた本書は落ち着いて静かな時間を過ごすときに適した一冊だと思う。コロナ禍が落ち着いたら、また美術館通いを再開したいなとも。

 

 

ノスタルジーはスーパーマーケットの2階にある

 スーパーマーケットの2階。今の住まいの近くにはあいにくと存在しないけれど、昔の記憶をたどると確かに存在した不思議な空間。子どもの頃に住んでいた地域では、ちょっとかわいらしい文房具とか、カードゲームなんかが売られていた記憶。ということで、ノスタルジーの狩り場としては適していそう。

 本書はスーパーマーケットの探訪だけをするのではなく、各スーパーのエコバッグを比べてみたり、スーパーのレシピカードを集めてみたり、なかなか面白い。そして、やってみたら面白いかもと思うことを実際に行動して共有してくれるところも楽しい。おでんの具材は何が一番出汁を吸い込むのか実験したり、公園で火気を持ち込まずにキャンプ気分を味わったり。久々に本を読んでおなかが痛くなるまで笑ったかもしれない。

 コロナ禍の巣ごもりはまだまだ続きそうな今日この頃、少し気分が滅入っても吹き飛ばしてくれそうな一冊である。飲み会でいつも周りを笑わせてくれる人が文章力にたけていたらこんな感じだろうか。

 そして、自宅と半径数十メートル以内で、一人または近しい存在だけで実践できて生活を一段楽しくしてくれそうなヒントが沢山詰まっているので、真似しても楽しいと思う。

 

今につながる日本史

 執筆の背景は、BSの番組にてキャスターとしての仕事をするため、『愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ』の言葉をヒントに効率的な知識や背景の仕入れのため歴史を勉強したことがきっかけとのこと。ということで、各項目は、最近の出来事と歴史上の出来事を対比させた構成になっている。たとえば、「だから光秀はキレた?本能寺の変「珍説」の真相」では、記憶に新しい「このハゲ、ちがうだろう」事件と本能寺の変を対比。

 本書は歴史ミステリーではなく、あくまでも歴史をヒントに今起きていることを理解することが目的なので、歴史の真相に迫るような深さは求めていない。ただ、多岐に渡る文献に言及しており、大人の教養を身に着ける上では非常に参考になる。ここで諸説存在することやそれぞれの説の妥当性や信ぴょう性を一定は評定してくれるため、興味のある歴史上の出来事に対して、自分なりの考えを深めたいと思ったときの最初の数歩が示される点もありがたい。 

 また、対比の対象となっている現代の出来事についても、日々の報道で読んでいた時の知識は断片的であったり、その瞬間の最新であったりするので、少し落ち着いてから全体を俯瞰してみると自分の知識に誤りがあることも多い。こうした点の修正にも、非常に参考になるまとめ方がされていると思う。自分自身でも、面白いと思った出来事はウォッチし続けて、後でまとめたり、似ていると思われる歴史上の出来事を対比してみても良いのかもしれない。

 そして、歴史好きのスモールトークを改善するのにも参考になると思われる。序論の「今は歴史本のブームといわれるが、」のくだりに、膝を打つ。最近は「〇〇の真相」としてトンでもな珍説を嬉しそうに語り続ける人や、歴史好き同士が集まるとそれぞれがニッチを極めすぎていて容易には話が弾まないという事態が割とある。私自身も関心を持っている領域の歴史について、きわめて細に入り、な話をしてしまうことも多いので、中道的な多くの人に興味を持ってもらいやすい、楽しんでもらえる知識の開陳がどんなものか、という点でも非常に勉強になった。

 元々がオンラインコラムということで、各項が独立していることとフォーマットが安定していることは、隙間時間に関心のある項、興味を引いた項を読むのに向いている。最近は自宅で仕事をしているので、ちょっとした会議の隙間時間に本を読むことにしているが、あまりにも引き込まれてしまうもの、区切りのないものは向いておらず、選書に悩むことも多い。そういった人には是非ともおすすめしたい一冊。

今につながる日本史 (単行本)

今につながる日本史 (単行本)

  • 作者:丸山 淳一
  • 発売日: 2020/05/19
  • メディア: 単行本