文庫X 殺人犯はそこにいる
盛岡の書店からはじまった謎の本「文庫X」のブーム。都内の書店でも、手書きのカバーを付けたバージョンが平積みに。といっても、こちらでは手書きカバーの上に書名と著者名が書かれてはいるのだけど。
この本は、栃木と群馬の県境で連続して起きた女児殺害事件を追うジャーナリストの記録であり、告発である。警察の捜査における不手際、杜撰な科学捜査、警察公表情報による印象操作、記者クラブ報道の制約といったものが描かれる。もちろん、独自調査による情報なので、すべてを信じるのも危険かとは思うものの、DNA型鑑定の精度や公表情報の矛盾といったところは確からしく思う。
読み進めると、冤罪事件の関係者に対しては当事者のように苛立つし、加害者と目された人には申し訳ないような気になる。そして、真犯人に対しても腹立たしい思いになった。他方で、スクープの打ち方や報道関係者間のギブアンドテイクなど、興味深い情報も並ぶ。
読後に感じたのは、情報の怖さ。警察が情報を渡せば裏付けがなくても報道され、世間はそれを事実と信じてしまう。冤罪で犯罪者になってしまえば、名誉回復も難しい。釈放されても、「彼が真犯人だよ」と言い続ける人もいる。本書の主題である連続殺人事件の真犯人を著者が特定できていると言いつつ明かさない理由も、情報の一人歩きへの懸念と書いてあるけれど、「本に書いてあるから彼が犯人だ」と世間が受け取り勝手な制裁をしようとする可能性を考えると本当に怖い。著者は自信を持っている容疑者でも、確定ではないわけだし。
しかし、冤罪であったと認められた以上、真犯人は別にいて、「殺人者はそこにいる」というのは当たり前の帰結ではあるけれど、ぞっとする。書店員が絶対に手に取ってほしい、読んでほしい、と願った気持ちは私もよくわかる。私も少しでも多くの人に読んでほしいと思う一冊。
アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場/Eye in the sky
軍事作戦の巻き添えで多くの命が奪われている。テロリストなら殺していいという話ではないけれど、まったく関係のない無辜の市民が亡くなるのは本当に悲しい。それでも、平和を守ろうと思ったら攻撃するほかない場合があるのも事実。
この映画は、テロリストを標的とした軍事作戦の実行判断を下さなくてはならない英国と米国の政治家、官僚、軍人をめぐる物語だ。テロリストが拠点を出発すれば、80人の市民の命を奪う大惨事が予測される一方で、その拠点に対してドローンによるミサイル攻撃を行えば拠点の目の前でパンを売る完全に罪のない少女の命が犠牲になることが高い確率で予想されている。多くの命を救うための犠牲といっても、簡単に判断を下すことはできない。詳細は伏せるけれど、いろいろな可能性を模索して、少しでも被害を最小限に留めようと努力を続けつつ、軍事的、政治的(標的には英国籍・米国籍を含み、場所も友好国内)、そして人道的な観点から議論が行われる。
あっさりと80人の命のために少女を犠牲にできると考える人や、軍事行動のすべてに否定的な感情を持つ人に、特にこの映画を観てほしい。最後に安全な戦場で指示を下す軍人を侮辱した政治家に向かって、最終判断を下したLieutenant Generalが語る言葉は重い。
Eye in the Sky (Blu-ray + DVD + Digital HD)
- 出版社/メーカー: Universal Studios Home Entertainment
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小さな恋のものがたり
いつの間にか完結していた小さな恋のものがたり。連載開始は1962年。作者が体調不良を経て、絵もうまく描けなかったと言いつつ完結させた最終巻。単純な絵に見えて難しい絵は、たしかに過去のものとは違うけれど、そんな粗が気にならない素敵な仕上がりだった。
背が低くて足が音符というキャラクターとしてはかわいいけれど、漫画内の設定では目立たない女の子である主人公チッチと人気者の男の子サリーを中心に、サザエさんのように他愛もないエピソードが繰り返されつつ、距離の近くなる二人を見守るという不思議な漫画。チッチの一方的な片思いから、少しずつ距離が近くなって、恋が成就するのかと思っていたけれど、最終回は意外な結末だった。
はじめてこの漫画を読んだときは子供だった私も、今や高校生時代を思い出すのも難しい年齢。久しぶりに読んだ「小さな恋のものがたり」は、当時の気持ちを思い出してなつかしいような切ないような気持ちになりながら。最終回は、そんな大人にずっしりとくる終わり方かもしれない。高校生時代に思っていたような大人にはなれないし、ずっと一緒にいようとか、ずっと友達でいようと言っていても、環境は変わるし、自分の夢のためには居心地の良い場所から出ていかなくてはいけないことも多い。そうやって色々な別れを経験してみると、サリーの「ぼくたちは永遠にぼくたちではいられないんだ」という言葉はとても説得力があると同時に、切ない気持ちにさせられる。でも、前向きな別れは良い思い出にいつかなるはず、というさわやかな気持ちもあって、とても素敵な終わり方だったと思う。
エリザベート
帝国劇場のエリザベートがあまりにも素晴らしくて、余波で購入したDVDが到着。
花總まりの可憐さは、愛された皇妃のイメージにぴったり。そして、城田優のトートも華やかでよかった。ということでWhite版を購入したけれど、いずれでも花總まりの回。彼女の歌は、震えるくらい美しかった。
物語は、エリザベートが皇帝に出会うところから始まり、最期を迎えるまで。気ままに生きてきた彼女はハプスブルクの格式になじめず、我が子も皇太后に取り上げられ、その後に手元に戻った子との関係も難しく、放浪を求めるように。史実に詳しくはないので、実際にどんな人だったのか分からないけれど、ミュージカルの中での孤独な皇妃のイメージは死に魅入られたという設定に対して違和感がない。そして、最後まで自分が主導権を持って生きようとする姿勢は素敵だった。
- アーティスト: オリジナル・ウィーン・キャスト
- 出版社/メーカー: ポリドール
- 発売日: 1997/02/26
- メディア: CD
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生産性
マッキンゼー式〇〇の玉石混淆ぶりはなかなかのものだけど、伊賀泰代氏の著作は2冊ともとても参考になった。日本の組織には「生産性」と「リーダーシップ」が欠けているということで、完全に同意ではないけれどうなづけるところも多い。
工場ではストップウォッチを使って生産性の向上に勤しむのに、ホワイトカラーには求めない、それはおそらくホワイトカラーを特別視しているということもあるのだろうけど、日本企業のホワイトカラーは職務定義が明確になっていないことも理由にあるように思う。また、社内のローテーションを前提にしている組織が多いので、専門家として集中するというよりはいろいろな業務を「よしなに」こなすことが職務になっていて、生産性を測りきれないところもあると思う。なので、本書で書かれていた他社のベンチマークは少し難しいかもしれないという印象を持つ一方、前年比で生産性の向上を測る/図るというのは非常に有用だと思った。特に、ローテーションのために何となく引継ぎが行われると、意義の不明な業務もレガシーとして引き継がれてしまうので、それを整理していかないと日々の業務が多すぎて生産性どころの話ではない組織になってしまう。
それから、教育研修に関するところは読んでいて反省した。ついつい、能力が不足する部下について、日本ではどうして能力を理由に解雇できないのだろうと思ってしまうこともあるのだけど、教育をあきらめつつ在庫として抱えてしまい、本人にとっても周囲にとっても良くない状況を生み出していたと反省。人に対してはあきらめず、「期待をしている、だから成長しましょう」というメッセージを伝え続けなくてはいけない。もちろん、最後は向かないところで座り続けるよりも能力を発揮できるところに移ったほうがハッピーではあるけれど。
また、トップパフォーマーとハイパフォーマーの育成の考え方についても非常に参考になる。ついつい、優秀な人を指導係にアサインしてしまいそうになるけれど、そこに収まらない人にはタスクとしてもっと難易度の高いタスクを与える必要がある、というのは言われてみるとその通りで腑に落ちた。
- 作者: 伊賀泰代
- 出版社/メーカー: ダイヤモンド社
- 発売日: 2012/11/09
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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天才ファミリー・カンパニー
母子家庭の天才高校生が、母の再婚によって謎の多い能天気だけどサバイバル能力のやたら高い親子と出会い、いろいろとリズムを狂わせられながら成長して、すごいことを成し遂げてしまう物語。すっかり忘れていたけど、同じ作者による別の漫画を読んでいて思い出して大人買いしてしまった。それにしても、二ノ宮和子氏の好みの男性は一貫してそうだ。ちょっと攻撃的なくらいにクールで才能に恵まれていて、しかも何をやらせてもそつがない。一方で、女性の天才は一点集中型で、才能の集中している領域以外では全く何もできない印象を持っていたけど、天才ファミリー・カンパニーではバランスの良いヒロイン。
物語の展開は荒唐無稽で、アメリカの天才少女(ビジネスの天才)に、台湾の大富豪、そしてその孫の天才ハッカーなど、登場人物も豪華。長い物語も飽きさせない。
そんな中で優秀な主人公は周りに振り回されつつも能力を発揮して成功するけど、少しずつ人に助けられていることを学んでいく姿は感動する。
貴婦人の訪問
「むかし妖精、いま妖怪」と自称している涼風真世。50歳過ぎてこの美貌は確かに妖怪としか言いようがない。そして、普段のかわいらしい佇まいとは全く異なる迫力、凄み。クレア役は涼風真世以外ありえないと思わせる。歌も素敵。
なお、このミュージカルは悲喜劇といいつつ喜劇的な要素はとても少なくて、自分も含めた多くの人の嫌なところが凝縮されて見せられるので、後味は悪い。アルフレッドのコミカルな台詞はあるものの、若い頃に恋人にひどい仕打ちをしたアルフレッドが徹底的に追い詰められる様は完全に悲劇。
突然、アルフレッドが死ぬことを条件に多額の寄付をすると宣言するクレア。最初はクレアを非難する人々もお金の力に取り込まれ、最後はアルフレッドを責め始める。お金が人を狂わせる様は見ていて苦しくなる。アルフレッドはどうしようもない人間で、恋人を守るために苦境に陥るよりも小金のある女性を選んだり、追いつめられると家族を捨てて逃げようとしたり、本当にどうしようもない。奥さんは守ろうとしてくれたのに。でも、最後の最後に奥さんまで。。。彼に同情できる要素はないけれど、何とも悲しい。そして、町の人々も。
クレアをそんな風に変えてしまったのもアルフレッドであり、町の人々であり。少なくともアルフレッドの子供が車を運転する年齢になるくらいだから、相当な年月をかけて復讐のために着実に行動してきたクレア。でも、恋人に裏切られただけでなく、多くの人から悪意に満ちた行為を受けるなんて想像もできないだけに、クレアには同情してしまう。
- アーティスト: Chita Rivera,Roger Rees,Fred Ebb,John Kander,John Doyle,Terrence McNally,Graciela Daniele
- 出版社/メーカー: Broadway Records
- 発売日: 2015/07/10
- メディア: CD
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