CoffeeAndBooks's 読書日記

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天智と天武

 壬申の乱を題材にした小説や漫画は多いけれど、蘇我入鹿が意外な人物に結びついていく『天智と天武』は初めて触れる歴史解釈かもしれない。史実といっても限定的な情報、それも実際の出来事が起きた直後の権力者によって残される情報に過ぎないので、いろいろな解釈が可能。特に、敵も味方も身内のこの時代、日本書紀編纂時の権力者とその周辺にとって、多方面に気を使ったせいで一部に矛盾や不詳が出てくることもあるのだろう。

 一般的には父母が同じとされる天智天皇天武天皇であるけれど、この作品では異父兄弟として描かれる。特に天武天皇は謎の多い人物らしく、某国の王族という説や天智天皇とは順番が逆(天武天皇が兄)という説など、いろいろな説があるけれど、この作品では蘇我入鹿を父とし、中大兄皇子を父の敵として見ている立場。そして、中臣鎌足が生まれる背景も、当時の国際情勢を反映したものとなっており、非常に興味深い。朝鮮出兵もこれにより、とても複雑なものに。

 また、この作品は、敵味方の間に男性同士の恋愛感情を織り交ぜてきている点も新しいかもしれない。『天上の虹』でも一瞬、大海人皇子柿本人麻呂だったかのそれらしい関係が描かれていたけれど、そちらは、あまり本筋には影響しないところだったと記憶している。『天智と天武』はどちらかというと、その感情が様々な出来事の背景になっている。実際に当時の恋愛事情がどうなのか、私にはその知識がないけれど、ただ、戦国時代の武将同士の関係にしても、任侠映画の世界にしても、誰かのために命を懸けるという関係性を成り立たせる感情というのは、少し不合理なところがあって、性的なものであるかどうかは別にすると恋愛感情に近いのかもしれない。自分より優れた相手に対する嫉妬で人を殺すという感情は共感できなくても、手に入らない相手を自分のものにしたくて、という感情は少しわかるような気もするし。

  

  

天上の虹(1) (講談社漫画文庫)

天上の虹(1) (講談社漫画文庫)