CoffeeAndBooks's 読書日記

日々の読書を記録しています

フェイクニュース時代を生き抜く データ・リテラシー

 元ニューヨーク・タイムズ東京支局長による、フェイクニュースに惑わされず情報を収集、取捨選択するための手法や情報源の紹介。特に日本とアメリカのニュースを主に得る必要のある人には便利な一冊。

 本書で紹介されている、エリック・シュミットの言葉で、『現在を生きる人類はたった2日間で人類の文明が始まってから2003年までに生み出された総量と同じだけの情報を生み出している』そうである。

 その昔、阿部勤也の『世間を読み、人間を読む』の中で紹介されていた『プロレタリアートと古典』という論文で、「ゲーテの著作集は十巻本で一巻が訳五百頁、一頁が四十行あり、速く読んでも、およそ百八十六時間かかる。シラーの著作集はその半分で、劇作家のレッシングはゲーテの四分の一。ドイツの教養人として読まなければならない古典の頁数と消費時間を計算していくと、十二歳から四十歳までの間に、一般の人の読書に使える時間は約九千日ある。しかし、どうしても読まなければならない必須文献だけで、九千百九十五日が必要で、百九十五日も足りない」という内容が記述されていた。まあ、教養のための読書と情報収集は少し違うけれど、昔の人たちの読書が少ないコンテンツにじっくり向き合えることに驚いた。一方で、歴史上生み出されたのと同じくらいの情報が日々生み出されていることを考えると、どうしても読み方は浅くなる。なので、情報収集と処理の技法を身に着けていないと、誤報や虚偽の情報を信じてしまうこともあるのだろうと思う。

 本書では、どうやってフェイクニュースが発生したか、という経緯やフェイクニュースの特徴が解説される。また、日米のメディアの特徴が紹介されており、バランスをとるために比較対象とするべきメディアを知ることができる。今まで意識していなかったけれど、アメリカの新聞社はデジタル化が進んだことによって、スマホ版やWeb版のほうが今や紙面よりも情報が充実しているというのは、非常に面白い。これなら日本にいてもリアルタイムで現地と同じ情報が得られる。そして、独立系のメディア(AXIOS等)についても知識が得られたので、ありがたい。 

 最後の日本のジャーナリズム復活のための論考も非常に興味深いし、考えさせられる。ソーシャルメディアで起こる事件や好ましくない出来事と、自由度の関係については早々に議論を進めるべきだと私も思う。Twitterでもヘイトが垂れ流されているし、明らかに嫌がらせ的なTweetも放置されていたりもするし。でも、下手に規制すると言論統制というのもそうで、特に今の日本だと規制によって有用な情報が発信されなくなるくらいなら玉石混淆のままの方がましなのか、とか。受け手のリテラシーが十分にあれば。

 

ペイン アンド グローリー/Pain and Glory

 仕事に関係のある本のことは書けないので、仕事のインプットが多いと、映画の投稿が多くなってしまう。

 コロナでしばらく映画館に行けなかったのは残念だが、Social Distancing推奨下の映画館は座席間隔があけられていて非常に快適。本日は久々のペドロ・アルモドバル。そして、久々のアントニオ・バンデラス。ハリウッドのセクシーなバンデラスよりも、スペインの繊細なバンデラスの方が、個人的に好きなので、このコンビは嬉しい。

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 本作は、大病を患い、母を亡くし、仕事を再開できないでいる映画監督のサルバトールが、過去を取り戻す物語。仲違いしていた32年前の映画の主演俳優との再会と交流、古い恋人、亡くなった母親。美しい音楽と、色彩がまた素晴らしい。途中、少し退屈な場面がないこともないのだけど、後からエピソードの意味がつながって、別な味わいも。

 幼年期の洞窟の暮らしは映画で見ると素敵だけど、あまり楽な暮らし向きではないらしい。そんな生活から、母の望む道とは異なる道で成功したサルバトール。しかし、晩年の母の言葉が刺さる。ペドロ・アルモドバルはマザコンな印象があったけれど、本作では母に対する愛情とともに、母からの抑圧が伝わってくる。成功しても母の期待に応えていないことで責められるのは、つらい。私自身もとても共感しながら観たけれど、ペドロ・アルモドバルのマザコン風味な映画が軒並み世界で高評価なのは、割と世界には同じような思いをしている人が多いのだろうか。

 一方で、過去の恋人との再会は、少し切ないけれど、肯定的。どんな結末になっても、お互いが感謝するような恋愛は、人を成長させるし、生きる力になるし、再生にもつながるのかな、と思う。サルバトールの立ち直ろうとする姿に、静かな感動を覚える。

Pain and Glory [Blu-ray]

Pain and Glory [Blu-ray]

  • 発売日: 2020/01/21
  • メディア: Blu-ray
 

 

ハリエット/HARRIET

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 アメリカ軍で最初の女性指揮官として後世に名を遺すハリエット・タブマン。20ドル札の肖像になることも報じられている。なお、ハリエット・タブマンは黒人解放活動でも活躍し、女性参政権運動でも活躍している。5ドル札と10ドル札も女性参政権運動や公民権運動で活躍した人たちが登場する。それが2016年のニュース(実際の新札発行は技術的な理由もあって遅れている模様)だったのに、今のアメリカの状況は前進したとはいえ未だ差別の問題に苦しんでいる。コロナの影響で日本の公開も遅れ、このタイミングで公開。

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 この映画では、南北戦争での活躍よりも、彼女たちが置かれていた状況、自由を獲得するまでの道のり、他の奴隷の逃亡を助ける"Underground Railroad" (地下鉄道)運動の"conducter" (車掌)としての活躍を主に描く。

 メリーランド州の農場で奴隷の子として生まれたミンティ(のちのハリエット・タブマン)は、母やきょうだいと一緒に農場で働く。ミンティの姉妹は子どもの頃に違う所有者の元に売られていく。そして、その後、彼女自身も売りに出されそうになる。売られてしまえば家族とは二度と会えない、と逃走を決意し、奴隷制を廃止しているペンシルバニア州フィラデルフィアに向かう。フィラデルフィア奴隷解放活動家の元に到着したときに、「100マイルの道のりを一人で」と驚嘆されていたけれど、Google mapsによれば歩いて50時間くらいの道のり、一日中歩くなんて無理なので、数日はかかる距離だ。途中で荷馬車に忍び込んだり、手助けしてくれる人たちを頼ったりはするものの、大変な道のりであることは容易に想像できる。

 実在の人物に関する話なので、ネタバレは済んでいるようなものであるけれど、農場での奴隷の扱いや、その後の奴隷解放活動を始めたハリエット・タブマンの救出活動での奴隷狩りを見ると、きわめて非人道的な扱いがされていたことがわかる。

 それ以上に印象に残ったのは、被差別者同士の境遇の違い。フィラデルフィアでハリエットを保護する下宿の主人マリーは自由黒人で、奴隷として扱われた経験も逃走した経験もない。出会った日に着の身着のまま逃走を続け汚れているハリエットをからかってしまい、その後に態度を改める場面。実は、私は映画を観る直前にTwitterでバンドエイドが今まで「白人の」肌の色に合わせたバンドエイドしか売られておらず、今になってようやく色のバリエーションを増やそうとしているというニュースを知り、そんなことに思いも至らなかった自分を恥じていた。当然、自由黒人といっても黒人参政権もない当時のマリーと、国内で人種による差別を受ける懸念だけは少ない日本に住む日本人の私を比べることは適切でないけれど、自分自身が置かれていない環境に対する想像力を持つことができる人は少なくて、誰もが無知によって他人を知らないところで傷つけている可能性があると反省していたところだったので、とても苦しい場面だった。

 この映画では、南北戦争そのものはあまり描かれておらず、何人もの人が死ぬものではない。そのため、数人の死が重い。これはネタバレしないほうが良いと思うので触れないようにしよう。

 

 なお、主役のシンシア・エリヴォは、トニー賞ミュージカル部門の最優秀主演女優賞をはじめ、グラミー賞エミー賞ほか主要な演劇賞で主演女優賞を受賞という経歴を持つ舞台でも大活躍の俳優。ところどころで挿入される彼女の歌声も力強く、素晴らしい。

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ハリエット・タブマン—「モーゼ」と呼ばれた黒人女性

ハリエット・タブマン—「モーゼ」と呼ばれた黒人女性

  • 作者:上杉忍
  • 発売日: 2019/03/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
 

 

Diet Land

 これもまたAmazon primeで。タイトル画でDIET LANDのネオンサインのTだけライトが消えているのが、少し暗示的?Season 1となっているけれど、Season 2は見送られた模様。少し過激すぎたのか、あまり人気が出なかった様子。そのせいで、何となくドラマのメッセージが理解しがたいところあり。ただ、瞬間的に爽快な気持ちになれる人もいるかもしれない。

 本作は、人気雑誌の編集長のゴーストを務めるライターが主人公。年齢は不詳だけど、太っていて、あまりマスコミ業界で活躍するタイプのルックスではない。一方で、ゴーストの対象となっている編集長は、スリムでばっちりメイクの、いかにもなタイプ。才能はあっても、十分に活躍できているとは言えない主人公は、ダイエットもうまくはいかない。派手なことのない日常を送り続けるが、ある出会いをきっかけに、性犯罪者や女性を搾取する男性に対するテロ活動をするグループに巻き込まれ、惹かれ、参加する。このテロ活動は、性犯罪の被害者やその遺族による復讐。

 暴力による復讐というのは、決して良いものではないけれど、私も男性からの嫌がらせを頻繁に受けるし暴力が目的と思われる付きまといを受けることも多いので、観ていてとても苦しくなった。受けた被害に見合うような処分を加害者は受けることは滅多にない、というかほとんど不問に付されている。暴力による復讐をしても何もなかったことにはできないし、自分の気持ちが晴れることもないだろう。でも、相手に何か代償を払わせることができるなら、と。ただ、実際に自分ができるかというと難しいと思う。このドラマの中でも、プラムだって気持ちが行ったり来たりブレているし、彼女をリクルートした集団でも一枚岩ではない。まあ、どんな運動だって誰もが狂信的に同じゴールを目指して一直線に進むことはないけれど、そこのリアリティによってドラマが収束しにくくなっているように思う。

 なお、プラムは男性と戦う集団に入ることでありのままの自分を好きになる流れかと思いきや、そうでもなさそう。太っていて足手まといと言われてしまうし。この後、どんな成長を用意する予定だったのだろう…。

ジオラマの外へ

ジオラマの外へ

  • メディア: Prime Video
 

 

Home coming/ホームカミング

 Amazon prime videoのオリジナルコンテンツ。製薬メーカーにバックアップされているらしい、帰還兵のリハビリ施設が舞台。主人公であるカウンセラー ハイディの数年後と、施設での出来事を行き来する構成だが、物理的な舞台はハイディがカウンセラーとして働くリハビリ施設、数年後にウェイトレスとして勤務するダイナー、そして彼女の実家が中心のミニマムなつくり。また、物語の進行は静か。

 このリハビリ施設は、新薬を実験する施設を兼ねており、その狙いは・・・というスリラー。まあ、それほど予想外な展開があるわけではないけれど、いろいろと考えさせられる話でもある。ベトナム戦争で兵士のトラウマ、PTSDが注目され始め、治療の必要性が認識されたといわれる。そして、以降も常に戦争を続ける軍事大国アメリカでは、イラクアフガニスタンからの帰還兵の自殺や精神不調が今も社会問題である。ただ、ベトナム戦争のころは、いつか戦争が終わる(アメリカの勝利で)、という前提があったのではないかと思う。一方で、今の戦争は終わりがない可能性を前提としているのではないか、とも。だから、兵士を使い捨てにしても戦争が終わって不要になる時代と違って、帰還兵は治療して終わりではない。そこで、このドラマで描かれる新薬実験に「ありそうな話」という感じが生まれるのかもしれない。もちろんフィクションではあるけれど、実際の出来事に触れるドラマである以上、荒唐無稽な話にはなりにくく、現実と地続きで「ありそうな話」である分、入り込みやすいし、アメリカの抱える課題について、より考える機会にもなる。

 シーズン2の配信も始まったようで、そちらも楽しみ。

規則

規則

  • メディア: Prime Video
 

 

パイナップル

パイナップル

  • メディア: Prime Video
 

 

謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア/恋するソマリア

 一気に続けて読んでしまう。『謎の独立国家~』が先で、続編が『恋するソマリア』という時系列はあるけれど、どちらから読んでも楽しめるはず。ただ、やっぱり時系列に並んだほうが読みやすいのは確か。

 『謎の独立国家~』を読めば、ソマリランドへの行き方はわかる。そして、一冊読み終わるころには、思っていたような無法地帯ではないことも。それでも、やっぱり自分では中々足を運べない遠い国であるソマリランド。そもそも、ソマリランドは世界的にも承認されておらず、日本とも国交がないため、どんなアクセスの仕方を正規ルートと呼んで良いかもわからないような目的地だ。だからこそ、言語や嗜好品(カートと呼ばれる覚醒作用のある植物)を含め現地の文化を吸収しながら現地の社会と交流し、誰も見ていないものを見て、伝えてくれる作家の存在はありがたい。

 本書では、ソマリランドプントランドソマリア(このほかにも国らしきものはいくつかある様子)における混乱がなぜ起きているか、英国とイタリアの植民地政策や元々の氏族の関係・バランス、国際社会に対するスタンスなど、様々な方向から分析がされていて、謎の国(私は読むまでソマリアしか知らなかった)が急に色彩を伴うイメージとして自分の中で存在感を増し、また、ソマリランドの平和を構築するプロセスは非常に感銘を受けた。不思議な感じだけど、お金儲けが好きな民族というのは、平和に向いているのかもしれない。功利を考えれば、長期にわたって戦争をするメリットというのはないわけで、どこかで落としどころはつける。元々、この地域には落としどころのつけ方も決まりとして存在していて、機能していたという。

 『恋するソマリア』でも、日本のソマリア人、現地メディアの置かれる状況とメディアにかかわる人々について、現地の家庭の風景・おもてなし、など、いろいろな方向からソマリアを知ることができる。今もソマリア全土としては危険な状況であり、汚職も蔓延っており(Corruption Perceptions Indexでも最下位https://www.transparency.org/en/cpi/2019/results)、という環境下での報道が困難であることは容易に想像つくものの、働く人たちの苦悩については中々語られるものでもなく、これは中に入って一緒にカートを食べながら聞いた話は非常に価値があるものだと思う。また、度々の送金などのディアスポラ活動の成果かもしれないけれど。

 ところで、ソマリアイスラム教の地域であり、女子割礼も未だ残るらしい、女性にとっては更に厳しい環境。本書では、著者が男性ということもあってか、あまり女性の置かれる状況は描かれない。そんな中、メディアの支局長としてリーダーを務める若いジャーナリストのハムディは異色であり、希望。ソマリアシリーズの続編で成長と成功を是非見たい。

 

愛してるよ、愛してるぜ

 山田詠美と阿部譲二と言えば、山田詠美氏がデビューした当時に、恋人との問題を抱えていて対談をキャンセルしたところ、後日、花束と優しいメッセージを届けたエピソードがすぐに思い出される。以来、とても仲の良い様子はエッセイ等からうかがえる。この対談は長年の友情をはぐくんだ後の二人が互いの配偶者も時に登場させつつ悩み相談にこたえるというもの。

 前述のエピソードからわかる通り、女性にだけなのかもしれないけれど優しくて情のある阿部譲二氏と、「つみびと」で弱者に対する優しさと冷静な視線を見せた山田詠美氏であるけれど、自分の意志でアウトローな人生を若い時分に送った、突き抜けた人たちでもあるわけで、悩み相談に対して少し突き放しつつも愛のある回答をしている。とはいえ、悩み相談以外の対談が分量としては多い。まあ、二人がどんな回答をしそうか、過去の著作を読んでいる者には簡単に想像ができるもので、よくこの二人に相談しようと考えたものだ(本当の相談が寄せられているとしたら)、という感じなので、致し方ないのかもしれない。脱線が面白いから良いのではないか、と。ただ、山田詠美氏が聞き役に回りがちなので、エイミー節を目当てで読むと少し効用が不足するかもしれない。過去を振り返りつつ話す阿部譲二氏に対し、二度目の結婚前後で恋愛関連の話題が現在進行形の山田詠美氏が突っ込みを入れながらも良い聞き役として面白いエピソードを引き出している印象。しかし、とても聞き上手。

 

愛してるよ、愛してるぜ (中公文庫 や 65-2)